東京地方裁判所 平成8年(ワ)12845号 判決 1997年7月14日
東京都墨田区墨田五丁目一七番四号
原告
鐘紡株式会社
右代表者代表取締役
石原聰一
右訴訟代理人弁護士
品川澄雄
右訴訟復代理人弁護士
吉利靖雄
同
滝井朋子
東京都足立区鹿浜一丁目九番一一号
被告
富士製薬工業株式会社
右代表者代表取締役
今井精一
山形市香澄町二丁目九番一九号
被告
株式会社イセイ
右代表者代表取締役
佐藤博
被告ら訴訟代理人弁護士
安田有三
同
小南明也
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
一 被告富士製薬工業株式会社(以下「被告富士製薬」という。)は、別紙目録記載の物質を有効成分とする医薬品を製剤し、該製剤品を販売してはならない。
二 被告富士製薬は、同被告の所有する別紙目録記載の物質及びこれを有効成分とする製剤品を廃棄せよ。
三 被告富士製薬は、同被告の申請によってなされた薬事法に基づく別紙目録記載の物質を有効成分とする医薬品に対する製造承認につき厚生省に製造承認の整理届を提出しなければならない。
四 被告富士製薬は、前項の医薬品について厚生大臣に対してなした健康保険法に基づく薬価基準への収載申請を取り下げなければならない。
五 被告株式会社イセイ(以下「被告イセイ」という。)は、別紙目録記載の物質を有効成分とする医薬品を製剤し、該製剤品を販売してはならない。
六 被告イセイは、同被告の所有する別紙目録記載の物質及びこれを有効成分とする製剤品を廃棄せよ。
七 被告イセイは、同被告の申請によってなされた薬事法に基づく別紙目録記載の物質を有効成分とする医薬品に対する製造承認につき厚生省に製造承認の整理届を提出しなければならない。
八 被告イセイは、前項の医薬品について厚生大臣に対してなした健康保険法に基づく薬価基準への収載申請を取り下げなければならない。
第二 事案の概要
一 本件は、存続期間の満了した特許権の権利者であった原告が、被告らにおいて別紙目録記載の物質を有効成分とする医薬品について薬事法に基づく製造承認の申請をするため特許権の存続期間中に行った試験は、右特許権の侵害行為であるとして、所有権の場合に準じる妨害排除請求権に基づき、右特許権の存続期間満了後に、右医薬品等の製造販売の差止め、廃棄、製造承認の整理届の提出及び薬価基準への収載申請の取下げを求める事案である。
二 基礎となる事実
1 原告は、次の特許権を有していた(以下、これらの特許権をまとめて「本件各特許権」という。)。
(一) 特許番号 第一一三八四一九号
発明の名称 安定なるデヒドロエピアンドロステロン硫酸エステル塩の注射剤の製法
出願年月日 昭和五一年七月六日
出願公告年月日 昭和五五年八月一三日
登録年月日 昭和五八年三月一一日
特許請求の範囲 デヒドロエピアンドロステロン硫酸エステル塩を、(イ)中性または塩基性アミノ酸、(ロ)弱酸性の有機もしくは無機酸のアルカリ金属塩よりなる群から選ばれた化合物の水溶液に溶解し、該溶液を凍結乾燥することを特徴とする安定なデヒドロエピアンドロステロン硫酸エステル塩の注射剤の製法
存続期間満了 平成八年七月六日
(二) 特許番号第一三一二八一〇号
発明の名称 分娩準備剤
出願年月日 昭和五一年一月一日
出願公告年月日 昭和五五年七月二四日
登録年月日 昭和六一年四月二八日
優先権主張 アメリカ合衆国 一九七五年七月一七日出願
特許請求の範囲 活性成分としてデヒドロエピアンドロステロンサルフェートまたはその薬物学的に許容し得る塩を含有し、かつ該活性成分の薬用量が一〇〇mg以上であることを特徴とする妊娠末期に於ける子宮頸管の熟化不全の熟化促進および子宮筋のオキシトシン感受性増強剤
存続期間満了 平成八年一月一日
(三) 特許番号 第一一二二一〇七号
発明の名称 安定なるデヒドロエピアンドロステロン硫酸エステル塩の凍結乾燥注射剤の製法
出願年月日 昭和五〇年九月五日
出願公告年月日 昭和五七年二月一五日
登録年月日 昭和五七年一一月一二日
特許請求の範囲 デヒドロエピアンドロステロン硫酸エステル塩にマクロゴールもしくはデキストランを単独あるいは組合わせて添加溶解後、凍結乾燥することを特徴とする安定なデヒドロエピアンドロステロン硫酸エステル塩の注射剤の製法
存続期間満了 平成七年九月五日
2(一) 被告らは、別紙目録記載の物質を有効成分とする医薬品について、薬事法一四条一項所定の医薬品製造承認申請を行い、平成八年三月一五日、被告富士製薬は「注射用アイリストーマー」の商品名で、被告イセイは「レポスバ注射用」の商品名で(以下、あわせて「被告製剤」という。)、いずれも製造承認を受けた。被告らは、現在、厚生大臣に対し、被告製剤について薬価基準への収載を申請し、販売の準備を行っている。
(二) 被告らは、薬事法所定の製造承認申請にあたって、規格試験、加速試験及び生物学的同等性試験に関する資料の添付を必要とされる。
三 争点
1 特許権者であった者は、特許権の存続期間満了後、存続期間中に行われた製造承認を取得するための試験が特許権の侵害ないし妨害にあたることを理由として、<1>被告製剤の製造販売の差止め、<2>別紙目録記載の物質及び被告製剤の廃棄、<3>被告製剤に対する製造承認の整理届の提出、<4>被告製剤についての薬価基準への収載申請の取下げを求めることができるか。
2 特許権の存続期間中に行われた製造承認を取得するための試験は、特許発明の「業として」(特許法六八条)の実施にあたるか。
3 特許権の存続期間中に行われた製造承認を取得するための試験は、「試験又は研究」(特許法六九条一項)にあたるか。また、実質的違法性があるか。
4 被告製剤は、本件各特許権の技術的範囲に属するか。
四 争点に関する当事者の主張
1 争点1について
(一) 原告の主張
(1) 本件各特許権は医薬品の発明に関するものであり、実施品である医薬品は、薬事法により、その製造に先立って厚生大臣の製造承認を受けることが前提とされており、また、実際に販売するには保険医療において使用することができるようにするために、薬価基準へ収載されることが不可欠である。後発医薬品の場合、製造承認の申請のための試験開始から薬価基準への収載までに要する期間は二七か月を下らない。そして、製造承認を得るための各種試験を特許権の存続期間中に行うことは特許権侵害行為である。そこで、後発会社が、特許権を侵害することなく法を遵守して実施品である医薬品を製造販売しようとするならば、特許権の存続期間の満了後に初めて、製造承認申請のための試験を開始し、その後、薬価収載が可能となるまでの手順を経なければならず、そのためには二七か月という期間を要することは避けることができない。
したがって、医薬品を対象とする特許権は、その存続期間中、当然、特許権本来の排他的全権能を享有し得る権利であるが、さらに、現行法体系全体の中から生じてくる法的利益として、その存続期間満了後二七か月は、その実施品である医薬品を独占的に製造販売し得る権能を有するものである。
被告らが本件各特許権の侵害行為である試験により得られた知見と資料を用いて製造承認を申請し、これを取得し、右製造承認に基づいて被告製剤の製造販売を開始したことは、すべて、本件各特許権の侵害行為である試験に起因した本件各特許権の妨害行為であり、この妨害行為により、原告は、本件各特許権の存続期間の満了後も少なくとも二七か月間享受し得た、本件各特許権の実施品を独占的に製造販売し得る法的地位を害されたものである。
(2) 特許権は、所有権に準じる物権的権利であるから、その妨害に対しては、所有権の場合と同様に妨害排除請求権を生じる。
本件各特許権の特許権者である原告が、本件各特許権の存続期間中、その妨害排除請求権をもって被告らのこのような妨害行為の差止めを求めることができることはいうまでもないが、この妨害排除請求権は、その目的を達成するため、特許権に対する妨害が特許権の存続期間を超えて存続する場合は、存続期間の満了後も、妨害状態の継続する限り、存続する。すなわち、被告らによる本件各特許権に対する妨害行為は、本件各特許権の存続期間の満了後も少なくとも二七か月にわたって継続しているので、原告の妨害排除請求権は、この妨害状態の存続している期間、継続していると解さなければならない。
存続期間満了後の特許権に基づく妨害排除請求権の成否は、特許法に規定を欠くから、一般法である民法の理念に照らして論ずるべきである。特許権者は、本権である特許権の存続期間満了により、これをもはや有しないことになった場合にも、妨害が存続し、排除につき正当な利益を有する限度で、なおこの特許権から生ずる妨害排除請求権を引き続き保有していると解すべきであり、そうでなければ、準物権たる特許権が有している対象物の完全かつ円満な利用収益という本来の目的を達し得ない。
所有権に基づく妨害排除請求権の性質を有すると解される登記請求権について、判例は、中間省略登記の場合の中間者が抹消を求める正当な利益を有するときにかぎり、同人において右登記の抹消を求めることを認める(最高裁判所昭和四四年五月二目判決民集二三巻六号九五一頁)。登記請求権については、その全ての場合に妥当する共通の性質を統一的に理解するのは困難であるとされるが、少なくとも右の事案においては、中間者は、正に所有権を有していた者として、その所有権に伴う利益を回復し全うするために、これを妨害している中間省略の登記を排除すべく右登記請求権が認められているのであるから、これは、所有権に基づく妨害排除請求権の典型的な一類型であると解することができ、特許権の場合も同様に考えるべきである。
(3) また、特許権の侵害、妨害の排除を求める訴えにおいては、貴重な技術を初めて社会に開示した特許権者の利益が重視されるべきことは当然として、さらに、産業的取引社会の公正な秩序の回復という視点から、この貴重な新規技術開示の代償として、決して長期にすぎるとはいえない期間に限って存続を許される特許権が、欠けることなく尊重され守られなければならない。
この観点からは、特許権侵害とその結果である妨害の排除にあたっては、特許権侵害がなされなかったであろう状態、換言すれば、特許権が尊重されていたとすれば実現していたであろう状態が回復されることが肝要である。
(4) したがって、原告は、本件各特許権の存続期間満了後であっても、被告製剤の製造販売の差止め等を求めることができる。
(二) 被告らの主張
(1) 原告の本件各特許権は、存続期間の満了によって消滅し、現存しない。したがって、原告が、被告らによって現在侵害されていると主張する権利はなく、原告の主張は、主張自体失当である。
(2) 特許権の存続期間満了後、何人においても特許権の実施が自由であることは、例外のない原則である。
原告は、特許権の存続期間満了前の製造承認の取得のための試験の違法を主張するが、特許権の存続期間満了前に被告らがどのような行為を行っていようと、特許権の存続期間満了後に差止請求権が消滅することには何ら影響を及ぼすものではない。仮に原告が主張するように特許権の存続期間中の実施行為が違法であるから存続期間満了後も差止めが認められるというのであれば、存続期間中に、製造承認を取得するための試験ではなく製造販売そのものを行っていた場合は、試験を行っていた場合以上に違法の度合が高いはずであるから、存続期間満了後も引き続き製造販売を違法として差止めを認めなければ首尾一貫しないであろうが、このような法理は通用せず、侵害訴訟の実務においても、訴訟の係属中に権利期間が満了すれば差止請求は取り下げられるのが通例である。
特許権は物権的な権利であるから、その権利の内容や限界は明確とされなければならず、期間が有限であるにもかかわらず、期間満了後もなおその物権的権利が行使できるなどとすることは、物権法定主義(民法一七五条)の大原則からしても到底取り得ない議論である。
(3) したがって、特許権の存続期間満了後、被告製剤の製造販売の差止め等の請求をすることはできない。
2 争点2について
(一) 原告の主張
特許権の存続期間中に行われた製造承認を取得するための試験は、特許発明の「業として」の実施にあたる。
(二) 被告らの主張
(1) 製造承認申請のための準備行為は、当該医薬品を患者に投与するのではなく、健康な人間に投与し先発品と比較して有効成分の血中濃度を測定する試験であり(生物学的同等性試験)、つまり先発品と競合して患者に投与して治療する行為ではないことからして、市場競争に参画するものではなく、特許権者に損害を与えないから、この点において個人的実施と変わるところがない。しかも準備行為は、期間満了後の「業として」の製造販売行為の承認を受けるため行政法規で定められた義務なのであって、それ自体利益を目的としたものではなく、将来の「業としての実施」に備えて必要とされる行政目的上の行為にすぎない。
(2) 延長登録制度を規定する特許法六七条二項の「特許発明の実施をすることが二年以上できなかつたとき」とは、製造承認申請に向けての準備行為ならびに承認までの期間を指し、準備行為が「業としての実施」に含まれないことを前提としている。
また、平成六年改正法附則五条二項は、改正法公布前に「発明の実施である事業の準備をしている者」に対し法定の通常実施権を認めており、特許法七九条も、出願前に「発明の実施である事業をしている者」または「その事業の準備をしている者」に先使用権を認めており、これらの規定は、「発明の実施である事業」をすることと、「発明の実施である事業の準備」をすることとを明確に区別している。
(3) このように、特許権の存続期間中に行われた製造承認を取得するための試験は、特許発明の「業として」の実施にあたらない。
3 争点3について
(一) 原告の主張
特許権の存続期間中に行われた製造承認を取得するための試験が、「試験又は研究」に該当しないことは、判例学説の認めるところである。
(二) 被告らの主張
(1) 特許法六九条一項の「試験又は研究」に該当するか否かを、仮に技術の進歩を目的にしているか否かで分けるとすれば、その基準が極めて不明確であり妥当ではない。現に後発会社が先発品とその薬効成分を同一にする製剤を製造するにあたっては、単に製造承認の申請の目的のみをもって製造するだけではなく、製剤化するにあたって、服用し易いように剤型を工夫したり、安定化を図ったりするなど諸々の研究や試験を行うのであり、その過程で、製剤化に関する新たな技術が開発されることも少なくない。
特許法六九条は「試験又は研究のためにする特許発明の実施」と規定しているだけであり、更にその「試験又は研究」の目的まで限定しているわけではない。「試験又は研究」の目的は種々雑多であり、一定の概念に固定することはできない。同条は「試験又は研究」の目的がどこに存するかを問わず、一律にこれを権利の及ばない範囲として定めているものというべきである。そしてこのように解しても、権利者にはなんらの損害を与えることなく、また技術の進歩にも資するものである。
特に製薬業における後発会社が行う準備行為は、たとえそれが製造承認申請に向けてのものであったとしても、自ら製造し将来市場に出そうとしている製品の内容、性状、機能などを調べるものであるから、まさに典型的な試験行為である(現に、「生物学的同等性試験」、「加速試験」、「規格試験」などと呼ばれている。)。そして前記のとおりこれらの準備行為の過程で新たな知見を取得し、技術開発がなされることも多々あるのであるから、これらの準備行為をもって「試験又は研究」の概念から除外する理由も必要も全くない。
(2) 仮に、特許権の存続期間中に行う準備行為が、特許法六九条一項の「試験又は研究」のための実施に該当しないとしても、右行為は、実質的に違法性を欠く。すなわち、特許制度の本質、薬事行政との整合、特許法の解釈などいかなる観点に立っても、被告らの準備行為には違法性がない。
4 争点4について
(一) 原告の主張
被告製剤は、本件各特許権の技術的範囲に属する。
(二) 被告らの主張
争う。
第三 争点に対する判断
一 争点1について
1 特許法一〇〇条一項は、「特許権者又は専用実施権者は、自己の特許権又は専用実施権を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。」と規定し、侵害の停止又は予防を請求することができるのが「特許権者」又は「専用実施権者」であることを明示し、同法六七条一項は、「特許権の存続期間は、特許出願の日から二十年をもつて終了する」と規定し、存続期間を明確に定めているから、特許法は、差止請求権を行使できるのが権利としての特許権の存続期間中に限られることを当然の前提としているものと解される。すなわち、特許法は、発明の保護及び利用を図ることによって発明を奨励し、もって産業の発達に寄与するという目的(特許法一条)を達成するために、どの程度の期間にわたって、発明の実施の独占を特許権者に認めることが必要かつ十分であるかという観点から特許権の存続期間を定め、これを延長し得る場合も法の定める場合に限定していると解され(同法六七条一項、二項)、特許法の定める存続期間を超えて、特許権者に実施を独占させることは、発明を実施しようとする者に実施許諾を得るという負担を課することになり、かえって産業の発達を妨げ、ひいては公益に反することにもなる。したがって存続期間の満了によって特許権は消滅し、存続期間満了後に特許権の効力を主張することはできないというべきである。
原告の本件各特許権は、いずれも既に存続期間の満了により消滅しているから、存続期間中に行われた被告らの行為が本件各特許権を侵害し違法であるか否かを判断するまでもなく、消滅した特許権に基づく差止請求を認める余地はない。
2(一) 原告は、医薬品の特許権者は、特許権の存続期間満了後、二七か月間は、実施品である医薬品を独占的に製造販売し得る法的利益を有する旨主張する。
しかしながら、医薬品の製造承認を取得するための試験を開始してから薬価収載に至るまで、最低限二七か月を要し、そのため、後発医薬品の製造会社が、存続期間満了後に製造承認のための試験を開始した場合には、薬価収載を受けるまでの二七か月間は、特許権者が独占的に実施品を製造販売することができ、市場の利益を独占することがあるとしても、これを法的利益ないし法的に保護すべき利益ということはできない。すなわち、薬事法は、医薬品等に関する事項を規制し、これらの品質、有効性及び安全性を確保することを目的とし(同法一条)、医薬品の製造販売について規制を設けているものであるが、右規制は、特許権者の利益を保護するためのものではない。したがって、このような、特許法とは別個の観点から法定された制度やそれに基づく具体的な薬事行政の運用の結果、後発医薬品の製造承認のための試験の開始から製造承認または薬価収載まで二七か月を要することになったとしても、特許権者は、事実上、後発医薬品の製造承認または薬価収載までの間、市場の利益を独占することができるにすぎない。特許法とはその趣旨を異にする薬事行政に関する制度及びその運用がもたらす特許権者による右独占をもって、特許法に基づく法的利益ないし現行法体系全体の中から生じてくる法的に保護すべき利益とはいえず、これをもって差止請求の根拠とすることはできない。
(二) 原告は、物権的権利の妨害に対し、妨害排除請求権が妨害の継続する間存続する旨主張し、中間省略登記の抹消登記請求の例をもって、その主張の根拠とする。
しかしながら、原告の主張する中間省略登記の抹消登記請求権の例は、実質上の権利関係と登記の不一致という事実が存在することを前提とするものであり、所有権に基づく妨害排除請求権の典型的な一類型であるということはできず、実質上の権利関係と登記の不一致という事実に相当する前提のない特許権の場合について、右と同様に解することはできない。また、特許権の存続期間が満了した以上、特許権に対する妨害状態なるものは観念できないし、原告のいう二七か月間の独占的な地位も法的に保護すべき利益でないことは前記のとおりであるから、物権的な妨害排除請求権をもって差止請求の根拠となし得ない。
(三) 原告は、産業的取引社会の公正な秩序の維持の点をも存続期間満了後に差止請求が認められるべき理由として主張する。
しかしながら、特許権の存続期間の満了後、その発明の実施は自由であり、取引社会の秩序もそれを前提に構築されていると解されるから、原告の右主張も差止請求の根拠とすることはできない。
(四) 以上のとおり、原告の本件差止請求は、理由がない。
3 原告のその余の請求、すなわち<2>被告製剤等の廃棄、<3>被告製剤に対する製造承認の整理届の提出、<4>被告製剤についての薬価基準への収載申請の取下げは、いずれも特許権の侵害の予防に必要な行為として請求されているものと解されるところ、侵害の予防に必要な行為は、特許権に基づく差止請求をするに際して請求することができるにすぎないものであって(特許法一〇〇条二項)、差止請求が認められないことは前記のとおりであるから、右<2>ないし<4>の請求も理由がない。
二 よって、原告の請求は、その余の争点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。
(裁判長裁判官 高部眞規子 裁判官 榎戸道也 裁判官 中平健)
別紙
目録
左式で示すプラステロン硫酸ナトリウム。
<省略>